生きのびる手段としての依存症:『誰がために医師はいる』読書録
松本俊彦さん著作『誰がために医者はいる――クスリとヒトの現代論』(2021,みすず書房)を読んだので,その感想記録です。
著者の松本さんは,薬物依存症を専門とする現役の精神科医だそうです。
本書は著者の経験を元に書かれているので,薬物依存症の話題が主ですが,依存症一般について理解を深めるのに役立つ内容となっています。
「依存症」一般について⇩松本さん監修です
本書で一番よかったのは,〝依存症の奥には何らかの困難な生い立ちや現状があり,薬物やアルコールに依存することで患者はなんとかこれまで生きびてきたのだ〟という実情を精神科医の立場から公的に述べている点です。
これは多くの依存症に当てはまる実情でしょうし,「覚醒剤をやる人,飲酒をする人,セックスをする人,買い物をする人etc.はたくさんいるけれど,なぜその内の一部の人は依存症になるのだろう?」という疑問への答えにもなっています。
私自身がかつて形成した「食への依存」,「性的関係への依存」について考えてみます。「食事をすること」や「セックスをすること」は多くの人が日常的に経験していますが,ほとんどの人は依存症を形成しません。ではなぜ私は「食」や「性的関係」に依存したのか。松本さんの指摘する通り,それは生き延びるためにしなければならないことだったからです。
食を異常なまでにコントロールしようとすることは,私のこころの<かたち>を保つためであり,汚れた社会へのプロテスト(抵抗)でした。
他人と性的関係を持たずにはいられないのは,世界への不信感と生きることへ怯えを拭うためでした。
当時「依存症を治したいか」と問われていたら「いいえ」と答えたに違いありません。なぜなら,そうしないと死ぬからです。
なので当時,依存症だけを治療するための病院に連れていかれたとしても,根本的な解決はなかったと確信しています。安心できる環境で生きるようになってはじめて,依存症はおのずと収まっていきました。
〝アディクション(依存症)の反対語は、「しらふ」ではなく、コネクション(つながり)〟とは,松本さんが引用したジョハン・ハリのことばです。生きる環境や関係を築く人が,コネクションを保っていられるようなやさしい環境・人であってはじめて,依存症は癒えるのでしょう。
精神科の先生は,依存症の症状だけをみて,それを治そうとするだけの存在と思っていましたので,依存症の背景にまで関心を持つ精神科医がいると知れて嬉しく思いました。
最後になりますが,「精神科の薬を飲むなんて自分はダメな人間なんじゃないか」「薬を飲んで生きるのは人間の自然なあり方に反してるんじゃないか」と思って悩んている人にも,本書はお勧めです。
本書では,(広義の)薬物を使うことは人間という生物にとって自然なことである,という事実が説明されています。つまり,精神科の薬を飲んで人生を過ごしやすくしようとするあなたは,まさに人間にとっての自然な生き方をしているのであり,思いつめる必要はないのです。
*11/25追記
あれから松本俊彦氏の著作にハマっている。
⇩こちらは松本氏編集の論文集。心理ケアに乗っかれない人に関心を持つ私にはよい読み物だった。とくに,アドヒアランス,心理的逆転,援助希求教育の危険性 について勉強になった。
⇩こちらは松本氏の論文集。同じような主張を繰り返している。一冊読み終えるころには嗜癖者と私たちが思いのほか「近い」ことを実感させられよう。